展覧会概要

 土門拳は日本の写真史上、近代写真から現代写真に移り変わる節目に大きな位置を占める極めて重要な写真家です。1979年に病気で倒れるまでの長い作家活動の中で「風貌」「室生寺」「ヒロシマ」「筑豊のこどもたち」「文楽」「古寺巡礼」など数多くの作品を残していますが、それらのどの作品群からも対象の本質を見極めようとする気迫と執念がつたわってきます。作品に反映された対象を射抜くような彼独特の鋭いまなざし、すなわち「凝視」が見るものにそうした印象をあたえるのです。対象に肉薄し、なおかつレンズの絞りをギリギリまで絞り込んで鮮鋭描写したクローズアップ作品にその「凝視」がより強く感じとれます。

 土門拳は自身の撮影作法を次のように解説しています。「よく見るということは対象の細部まで見入り、大事なモノを逃がさず克明に捉えるということなのである。大事なモノは見れば見るほど魂に吸い付き、不必要なものは注意力から離れる。ぼくはこれぞという所にカメラを向け、フレームの真ん中にそれを据え、ピントをギリギリまでよく合わせ、『エイッ』 とばかりに気合いを込めてシャッターをきる。モノを考える時、写真を撮る時ぼくはじっと対象の本質がはっきりするまで、胸に腕を組んで思考する。そして明快につかめたものにピントをあわせ、フレームの重心に据え、他のモノはアウトフォーカスにし整理する」。

 さて、彼の作品群のなかでも全5巻からなる「古寺巡礼」シリーズは圧巻です。これは「日本民族の文化遺産の記録」という使命感と、「ひとりの日本人の、みずからの出自する民族と文化への再確認」のため、40年の長きにわたって撮り続けてきた彼の執念のライフワークともいうべき作品です。そこには用意周到な調査に裏付けられた自信と既成の価値観にとらわれない独自の価値基準によって切り取られたクローズアップ作品が随所にちりばめられています。

 土門拳のこうした被写体へのアプローチの方法は、画家志望であった彼がもともとすぐれた造形感覚の持ち主であったこと、さらに写真を志してまもない時期にクローズアップや鮮鋭描写、瞬間の固定など、肉眼をこえた写真表現の可能性を伝えるドイツの新即物主義(ノイエ・ザハリヒカイト)に出会ったこと、こうした下地に日本工房時代での写真修業で磨きがかかり、開花し定着していったのではないかと考えられます。

 本写真展では、古寺巡礼の全作品787点の中からクローズアップ作品60点を厳選して展覧いたします。偉大な写真家、土門拳の「凝視」を追体験していただけるものと確信いたします。