1839年フランスで発明された写真(ダゲレオタイプ)は、瞬く間に世界中に伝えられ、多くの国の文化に多大な影響を与えると同時に、写真自身もまたそれぞれの国の文化や社会の影響を受けてきた。アルゼンチンもその例外ではない。ヨーロッパから写真技術を携えてやってきた人たちが最初に興味を持ったのは、先住の人たちであり、異文化であったことは当然である。1890年ころの写真はそういった好奇心あふれる映像と同時に、現在のように写真技術がまだ十分に発達していないために静止した風景や静物、あるいは動きのない人物の写真が見られる。1900年代に入ると、ヨーロッパからの移民が多くなり、アイデンティティーの確認のためか、ヨーロッパ風に着飾った家族写真が見られる。1920年ころになると写真術もそこそこに発達し、室内での撮影が可能になり、居酒屋や鍛冶屋の室内の様子や労働者の姿が映し出されている。そして、夜間の撮影や航空撮影も可能になるほどまでに写真技術は発達する。また、1930年ころにはバウ・ハウスの影響を受けたと思われる写真独自の表現も見受けられるようになる。第2次世界大戦後の作品には、女優、作家、彫刻家など著名な人たちの写真も目立つようになる。しかし、1980年代の軍事政権下では表現の自由もままならず、建物や風景ばかりの写真が目立ち、民衆や労働者の姿は作品の上には見かけられない。こういった時制に対抗しヌード写真を発表して投獄された写真家もいたという。そうした制限下でも民衆の抵抗はしたたかに続けられ、これらの民衆を密かに撮った作品も見られる。しかし、軍事政権が倒れ民主化された現在は、写真の表現も自由になり、新しい写真家の作品には個性的で、社会風刺の効いた作品も多く、多様な表現が試みられるようになった。

 このように、この写真展は100年にわたりアルゼンチンの写真表現史を通観できると同時に、映し出される写真映像はその時代の貴重な記録であり、個々の作家の個性的表現はいわゆる『お国柄』や事柄をくっきりと浮かび上がらせている。なお、この写真展はアルゼンチンの著名な写真家・サラ・ファシオ女史の構成によるものである。