展覧会概要

 写大ギャラリーでは、年に一度かならず土門拳のオリジナルプリントを展示しています。ここ数年は古寺巡礼を、第一集から順次展示してまいりましたが、今回は古寺巡礼シリーズとしては最後の第五集を展覧いたします。

 土門拳は第一集のまえがきのなかで「二千年来、雪山を越え、流沙を渡り、黄塵にまみれて、層々と東漸する文化が、日本列島という防波堤に遮られて、波瀾と曲折を繰り返しながらも、この列島の風土に沈静し…自己の内部に充分に淳化発酵させて、いわば上澄みとして生まれたのが日本文化である」といい、それを可能にしたのがほかならぬ「列島の風土であり日本人である」ともいい切っています。そうした「本物の日本人」を知るために古寺巡礼の撮影を続けたのです。撮影にあたっては、多くの資料に目を通し綿密な調査を徹底しましたが、学説に裏付けられた歴史的位置づけや、寺格にとらわれることなく、自身の眼を頼りに自分の価値基準にかなうものを選んで撮り続けました。昭和十五年撮影を開始して以来訪れた寺院は三十九ヶ寺。古寺巡礼全5集に収められた写真はカラー462枚モノクローム325枚にのぼります。第五集には鎌倉、室町、安土桃山時代のものが収められていますが、今回はそのなかからカラー38点、モノクローム19点を選んで展示しています。
 
 これまで圧倒的に多かった仏像の写真が少なくなっています。土門拳を魅了してやまなかった弘仁の仏像のあと、彼の心をうごかす仏像がほとんど見当らないことを意味するのでしょう。かわって建物や庭園を対象にした作品が数多く収録されています。とくに禅僧夢窓疎石に強い関心を示し、その遺構である永保寺、西芳寺、などに多くの頁を割いています。写真の多くは凝視する視線で貫かれていますが、なかに穏やかな眼差しを感じさせる作品もあります。

 第五集で「古寺巡礼は、この第五集をもって終わる。思いおこせば、その道程の何と長かったことか。ほぼ三十五年、ぼくは人生の過半を、カメラを背負って古寺を巡ってきたのである。」と書き起こし、「『古寺巡礼』全五集を、ぼくの分身として、またひとりの日本人の、みずからの出自する民族と文化への再認識の書として、愛惜の書として世に残すことができた。日本人たる写真家として、その使命を全うできたぼくは、仕合せものである。」と結んでいます。

二度の大病に見舞われながらもついに意志を貫き通した土門拳作品をご覧ください。